趣味で音楽活動をやっていて、月に1度以上は仲間との練習でスタジオを利用する。
私はギターを弾いて歌うのだが、練習後はそのまま仲間と飲みにいくことが多いので、楽器はロッカーを借りて預けている。
8月の初旬に、携帯が鳴った。スタジオからだった。
私が利用している支店は閉店になり、別の支店に統合されるらしい。
疫病の影響で利用者が減り、商売が成り立たなくなったためだ。
8月末日までに楽器を取りに来てほしい、ということだった。
私は30日ギリギリに楽器を迎えに行った。
スタッフの女性から鍵を受け取り、ロッカーから楽器をとりだした。
帰り際、受付でそのスタッフの女性に「皆さんはどうなってしまうのか?」と尋ねた。
マスクをしたままの彼女は「9月から別の店で働けるかもしれないし、未だどうなるか分からない。」と、目じりを下げて答えた。
私はなんだかいたたまれなくなって、それ以上会話を続ける気にならなかった。
逃げるように私は、「そうですか。では皆さんお元気で。」と、麦わら帽子をとってお辞儀をしながら足早に出口の階段を上がった。マスク越しに、彼女と少しだけ目を合わせた。
彼女は声を震わせながら(おそらく泣きそうになっていたのだろう)、「ありがとうございました。ありがとうございました。」と、お礼を言っていた。
スタジオを後にして、地下鉄の駅に向かう私の足取りは重かった。
こんな社会を作り出してしまった人々への怒り、この状況で何も突破口を見いだせない自分の無力さ…。
何か小さなことでもいいから、こんな状況を打開できることはないのか、と、その日以降、ちょっと仕事に集中できていない。